Wednesday, May 6, 2009

ブラックフィシュ共同ギャラリーへ入る(joining Blackfish Gallery-Japanese version)


今週からポートランド市へある共同ギャラリーブラックフィシュへメンバーオーナとして入りました。この画廊は今から三十年前の1979年、私と他15名の芸術家たちが創立した共同画廊です。アメリカでは画商のことをコマシャールギャラリーとも呼ぶのでギャラリーと言う言葉は勘違いしやすいと思いますが、このブラックフィシュギャラリーは画商でもあり、管理する人もやとっています。

創立した時は私は大学院から卒業る前でメンバの中ではもっとも若かったですが、ほとんどみんな二十代から四十代の若い芸術家たちでした。地元の大学や美術大学を教えているメンバが多く、その成果、若いながらも責任感もあり、経験豊かで、当時画廊はできてもせいぜい二、三、年間しかもてないころ、三十年も存在できた土台を築いたようです。 創立したころは私はもっとも若いだけでなく、もっとも芸術活動に関しては経験薄く、ブラックフィシュは私にとって先輩たちから学ぶ場所でした。創立したころのメンバたちは今では三人しか残っていないようです。大都会のニューヨーク、シカゴ、ロースアンゼルスなどに移住したメンバもいればこの町に残り他のコマシャールギャラリーに移り活躍している者もいます。何人か美大の偉い先生になっている者もいて当時はそう思っていませんでしたが、今振り向いて見ると結構創立メンバには優秀な芸術家が多くいたんだなと思います。

現在は三十人ほどいて、それぞれ交代で展示しているようです。平均年齢もあがり、二十代から七十代までで年齢の幅は昔とくらべるとずいぶん広いです。創立の時とくらべれば全体のレベルとエネルギーは落ちたように私には感じますが、優れた芸術家はまだ何人かいるようです。メンバになるには審査があり、ある程度のレベルがないと認められないようです。

このギャラリーに新しいエネルギーをあたえなければと思っていますが、ぎゃくにエネルギィーをあたえられるほうかもしれません〈笑い)。このような共同ギャラリーの一つ進めるところはやはり、仲間と共同ですることにより、お互い学べる事が多く、又刺激もあり、創作エネルギーが増加することです。あと普通のコマシャールギャラリーとは違い、売れる作品を意識しながら造る、描く圧力がない事です。この制作自由は私の性格と私の作品にはあっているようです。あともう一つはここのギャラリーのスペースの広さはこの町ではもっとも広いほうで私の彫刻を展示するのには向いているようです。

(下の写真は1983年にブラックフィッシュで展示した「壁」の作品シリーズです。)

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